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広島地方裁判所 昭和59年(行ウ)5号 判決

原告 深川真澄

被告 解散前の日本専売公社中国支社長

訴訟承継人 中国財務局長

主文

本件訴えを却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  解散前の日本専売公社中国支社長(以下「旧被告」という。)が昭和五九年一月二七日訴外笠井武司(以下「訴外笠井」という。)に対してなした広島市南区西蟹屋四丁目四番二五号を営業所とする製造たばこの小売人指定処分(以下「本件処分」という。)を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

(本案前の答弁)

主文同旨

(本案に対する答弁)

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  旧被告は、廃止前のたばこ専売法(昭和二四年法律第一一一号、以下「法」又は「専売法」という。)三〇条、同法施行規則一六条により中国地方に営業所を設置しようとする製造たばこの小売人(以下「小売人」という。)の指定をする権限を有していたが、原告は、昭和三五年九月二〇日、旧被告から、営業所を広島市南区西蟹屋三丁目八番一〇号として小売人の指定を受け、以来、同所でたばこ小売業を営んでいる。

2  訴外笠井は、昭和五八年四月二〇日、旧被告に対し広島市南区西蟹屋四丁目四番二五号を予定営業所とする小売人指定申請をし、旧被告は、同五九年一月二七日、同人に対し同所を営業所とする小売人指定処分をした。

3  しかしながら、本件処分は、既設小売人である原告の営業所と訴外笠井の営業所との距離及び同人の標準取扱高の点において法令等に違反する違法な処分である。

4  たばこ事業法(昭和五九年法律第六八号)の施行に伴い、同法附則二三条一項及び同法施行令(昭和六〇年政令第二一号)附則六条一項の規定により、日本たばこ産業株式会社法(昭和五九年法律第六九号)の施行による解散前の日本専売公社中国支社長の地位は、被告が受け継いだ。

5  よつて、原告は、被告に対し本件処分の取消しを求める。

二  本案前の抗弁

専売法によれば、たばこの製造、販売等の権能は、国に専属するものとされ(二条)、またこれらの事業を解散前の日本専売公社(以下「公社」という。)に行わせることとしており(三条)、更に、公社は、その指定した小売人に製造たばこの販売をさせることができるとしている(二九条)。すなわち、製造たばこの販売権能は、すべて公社が独占的に保有し、公社が販売機関として小売人を指定できるものとしているのである。このように、国がたばこ専売制を採用したのは、国の財政上の重要な収入の確保を図ることを主たる目的とするものであるが、同時に国民一般の日常生活において広く需要せられるたばこは、全国いかなる地でも同一の品質のものは同一の価格で販売し、公衆のすべてに均等に利用し得る機会を与え、安んじてこれを比較的簡便に購入し得ることとし、もつて国民の日常生活における必要に応ずることをも目的としているものである。小売人の指定も右公共目的達成のために行われるものであつて、小売人間の過当競争を防止し、小売人の営業上の利益を図ることを目的とするものではない。

小売人の指定は、本来国家において独占し、国民の行い得ないたばこ販売を特に特定の場合に国民に行わせるものであり、特定人にたばこ販売の権利若しくは資格をあらたに設定付与する性格の行為(特許)であり、専売法に基づいて小売人に指定されることは、製造たばこを適法に販売し得る地位を付与されるというにとどまるものであるから、他に小売人が指定されたとしても、小売人の製造たばこを販売し得るという地位には何ら変動がなく、小売人が指定によつて一定範囲の地域における製造たばこの販売について独占による営業上の利益を得ていたとしても、このような利益は、小売人指定による事実上の反射的利益にすぎない。

したがつて、原告は、本件処分の取消しを求める原告適格を有しない。

三  請求原因に対する認否

請求原因1、2、4は認めるが、同3は否認する。

四  本案の抗弁

法は、たばこについて専売制を採用し、国に専属する製造たばこの販売等の権能を公社に行わせることとしているが、小売人の指定についてもそれが優れて企業政策的あるいは専門技術的見地に立つた判断を要するものであるため、これを公社に委ねている。そこで、公社は、小売人指定に際しての判断を行うため、全国統一の内部基準として「たばこ小売人指定関係規程」(総裁達第六八号、以下「規程」という。)及びこれの運用に関する「たばこ小売人指定関係規程運用要領」(販(促)第八四号、以下「要領」という。)を制定し、小売人の指定申請については、これらに基づいて処理されて来たが、かかる処理は妥当なものであり、本件処分も次に述べるとおり法、規程、要領に従つて適正になされており、何らの違法もない。

すなわち、訴外笠井は、昭和五八年四月二〇日付けで旧被告に対し広島市南区西蟹屋四丁目四番二五号を予定営業所とするたばこ小売人指定申請をなし、旧被告は、これに基づいて調査した結果、法及び規程に定める欠格事由に該当しないので、同五九年一月二七日付けで同人をたばこ小売人に指定したものである。

1  標準距離について

規程三条は、繁華街、市街地、準市街地、住宅地(A)、住宅地(B)、住宅地(C)に分類された環境区分別に標準距離を定め、広島市を含む指定都市においては、繁華街では五〇メートル、市街地では一〇〇メートル、準市街地では一五〇メートル、住宅地(A)では二〇〇メートル、そして住宅地(B)、住宅地(C)では三〇〇メートルとしている。そして、標準距離の適用に当たつては、既設小売人との間が自動車の通行する片側二車線以上の道路及びその他横断禁止又は横断の危険な道路で隔てられている場合等標準距離の適用を除外する等の例外措置を定めている(規程五条一項二号ただし書及び要領2・5(3)ロ(イ))。

しかして、訴外笠井が申請した予定営業所の所在地は、規程に定める指定都市の準市街地に該当するから、標準距離は、一五〇メートルである。ところで、原告と訴外笠井の営業所は、県道広島海田線(通称大州通り、以下「県道」という。)を隔てて位置しているが、右にいう片側二車線以上の道路であるか否かは、必ずしも道路交通法に拘束されず、消費者の利便という見地から実際的に判断すべきところ、右県道は、幅員約二〇メートルで、原告の営業所の南西に位置する横断歩道を境に、その北西側は片側二車線(車道部分の幅員約一三・三メートル)となつており、また、南東側特に両者の営業所前面は、片側二車線の車両通行区分はなされていないものの、車両進行区分のある部分と道路幅が同じであり、しかも車が並行して走行しているから、実質的に片側二車線であり、要領2・5(3)ロ(イ)の「自動車の通行する片側二車線の道路」に該当する。

そして、右横断歩道を除けば、付近一帯は、歩行者横断禁止場所に指定されているため、歩行者は、北西方向は約一三三メートル先の陸橋地点、南東方向は約二〇〇メートル先の陸橋地点まで行かなければ、県道を安全に横断することができない。

また、右にいう横断の危険な道路か否かは、車の通行する量が社会通念上多いかどうかによつて判断すべきところ右県道の車両通行量は、一二時間当たり(七時ないし一九時)上下線合せて一万四三八四台、一分当たり約二〇台の通行量であるから、通行量の多い道路であり、横断の危険な道路に該当する。

したがつて、訴外笠井の予定営業所は、要領2・5(3)ロ(イ)にいう「自動車の通行する片側二車線以上の道路およびその他横断禁止または横断の危険な道路で隔てられている場所」というべく、標準距離の適用がない場合である。

なお、小売人指定に関し原告が主張するような事実たる慣習は存在しない。

2  標準取扱高について

規程五条(5)は、製造たばこの取扱予定高が、同四条の等地別標準取扱高に達しないと認められる場合は、小売人の指定をしてはならないと規定し、同四条一項は、一等地から一〇等地までの等地別に標準取扱高を定めており、この等地の認定に当たつては、前記の環境区分別に応じて定められている等地の範囲(指定都市の準市街地では四ないし六等地)が定められていて(要領2・3)、その範囲内で具体的等地を定めることになつている。そして、等地は、原則としてその範囲内の中間とするのであるが、同じ地区内の既設小売人の一店当たりの平均取扱高に〇・七を乗じて得た金額がその範囲内の中間等地の上位の等地の標準取扱高を超える場合にはその上位の等地とし、右平均取扱高を〇・七で除して得た金額が中間等地の標準取扱高に達しない場合には下位の等地とすることになつているのである。なお、各等地における一箇月の標準取扱高は、一等地で一八〇万円、二等地で一五〇万円、三等地で一二〇万円、四等地で九〇万円、五等地で七五万円、六等地で六五万円、七等地で五五万円、八等地で四〇万円、九等地で三〇万円、一〇等地で二〇万円となつている。

ところで、訴外笠井が申請した予定営業所の所在地は、前述のとおり、指定都市の準市街地であるから、等地の範囲は、四ないし六になり、この所在地区内の既設小売人は二店で、一店当たりの月平均取扱高に〇・七を乗じて得た額が中間等地の上位の標準取扱高を超えず、また、〇・七で除して得た額が中間等地の標準取扱高以上であるから、予定営業所の等地は、中間等地五等地に該当し、標準取扱高は一箇月七五万円である。

しかるところ、訴外笠井の予定営業所における取扱予定高は、立地条件、既設小売人の取扱実績及び同人の兼業等からみて約八二万円と算定されたので、右標準取扱高を満たしていたものである。

以上のとおり、訴外笠井の右指定申請は、標準距離を適用しない場合に該当し、かつ、標準取扱高の基準も満たしていたほか、法三一条一項各号に定める欠格条件にも該当しなかつたことから、本件処分を行つたものであり、同処分には、何らの違法もない。

五  本案前の抗弁に対する反論

一般に、国民生活上不可欠な役務の提供の中には、当該役務のもつ高度の公共性にかんがみ、その適正な提供の確保のために、法令によつて、提供すべき役務の内容及び対価等を厳格に規制するとともに、更に役務の提供自体を提供者に義務づける等のつよい規制を施す反面、これとの均衡上、役務提供者に対してある種の独占的地位を与え、その経営の安定をはかる措置がとられる場合があるところ(最高裁昭和五〇年四月三〇日大法廷判決(民集二九巻四号五七二頁)参照)、たばこ販売は、「国民生活上不可欠な役務の提供」であり、「当該役務のもつ高度の公共性にかんがみ、その適正な提供の確保」のために、小売人を指定するに当たつては、営業所の位置、設備の構造、取扱予定高、資金状態その他の事項を考慮するものとし(法三〇条二項)、定価販売義務(法三四条三項)を課するなどして、「提供すべき役務の内容及び対価等を厳格に規制する」とともに、提示義務(法三五条)、帳簿、報告及び届出義務(法三六条)、公社の指示(法三八条)、営業継続義務(法四三条一項五号、四二条)等、「役務の提供自体を提供者に義務づける等のつよい規制を施す反面、これとの均衡上」、小売人に対して、たばこ販売の「独占的地位を与え、その経営の安定をはかる措置」がとられているのである(同二九条二項)

よつて、専売法に基づく小売人の適正配置規制は、公共目的のために行われると同時に、小売人の営業上の利益を確保することをも目的とするものであつて、右営業上の利益は、単なる反射的利益ではなく、法によつて保護された利益である。

そして、原告と訴外笠井の各営業所は、同一のたばこ消費圏に属する。

したがつて、原告は、行政事件訴訟法九条にいう「当該処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者」に該当する。

六  本案の抗弁に対する認否及び反論

1  右抗弁は、冒頭部分のうち、規程及び要領が制定されていること、同1のうち、規程及び要領に被告主張のとおり規定されていること、訴外笠井の予定営業所が準市街地に該当し、標準距離が一五〇メートルであること、原告と訴外笠井の営業所が道路を隔てて位置していること、原告の営業所の西に横断歩道があり、その西側は片道二車線となつているが、その東側は、片側二車線の車両区分がなされていないことは認めるが、その余は、否認する。

2  要領2・5(3)ロは、その制定の趣旨からして既設小売人と新設小売人のたばこ消費圏が別個独立のものであり、相互に競合する可能性が全く存在しないか、あるいはほとんど存在しない場合に標準距離が適用されない旨を定めたものであつて、右規定は、その規定の仕方にもかかわらず、「自動車の通行する片側二車線」というのは、単なる例示にすぎず、「横断禁止または横断の危険な道路で隔てられている場所」について標準距離の不適用を定めたものと解すべきである。

仮に、右主張が認められないとしても、「片側二車線の道路」とは、歩道と区別された車両通行帯が二本存在する道路を意味するものというべきであるが、原告と訴外笠井の両営業所間の道路には、右の意味の車線は片側一本しかなく、右道路は、片側二車線の道路に該当しない。

また、通行量が多く、かつ横断禁止場所であつても、信号機のある横断歩道が存在する場合は、これにより安全に道路を横断することができるから、原則として「横断禁止または横断の危険な道路で隔てられている場所」に該当しないものというべきである。

しかるに、原告の営業所前の道路には、その西側約二・七メートルの位置に信号機の設置された横断歩道が存在するから、右道路は、「横断禁止または横断の危険な道路」には該当しない。

したがつて、訴外笠井の小売人指定申請については、標準距離の適用があるにもかかわらず、原告の営業所から一五〇メートル以内にある訴外笠井の営業所について小売人の指定をしたのは、法三一条一項三号、規程五条一項二号要領2・5(3)ロ(イ)の解釈適用を誤つた違法な処分である。

3  仮に右主張が認められないとしても、広島市内においては、旧被告と広島たばこ販売協同組合との間に、準市街地においては、小売人の各営業所間には一五〇メートルの距離を必要とする旨の事実たる慣習があり、原告は、右組合の組合員であるから、本件処分は、右事実たる慣習に違反する。

第三証拠〈省略〉

理由

一  まず、原告適格について判断するに、請求原因1、2、4の事実、本案の抗弁の冒頭部分のうち、規程及び要領が制定されていること、抗弁1のうち、規程及び要領に被告主張のとおり規定されていることは、当事者間に争いがない。

一般に、処分の取消しの訴えを提起しうるのは、法律に特に定めがない限り、当該処分の取消しを求めるについて法律上の利益を有する者、すなわち当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれがあり、その取消しによつてこれを回復すべき法律上の利益をもつ者に限られるものというべきである。しかして、右法律上保護された利益とは、行政法規が私人等の権利主体の具体的、個人的な権利、利益を保護することを目的として行政権の行使に制約を課していることにより保障されている利益であつて、それは、行政法規が他の目的、特に公益の実現を目的として行政権の行使に制約を課している結果、たまたま一定の者が受けることとなる反射的利益とは区別されるべきものである。

二  ところで、法は、製造たばこの製造、購入及び販売等の権能は、国に専属し(二条)、国に専属する右権能等は、公社に行わせる(三条)旨定め、法二九条は、「公社は、その指定した製造たばこの小売人に製造たばこを販売させることができる。」ものとし、「公社又は小売人でなければ、製造たばこを販売してはならない。」と規定している。右により、国は、たばこについて専売制を採用し、国家がたばこの買入、製造及び販売を独占し、国民一般にこれらの行為を全面的に禁止し、国の専売事業の実施機関としての公社に同事業の健全にして能率的な実施に当たらせることとし、公社は、国から委任された専売権の一部である販売権を行使するために、販売機関としての小売人を指定し、本来国家に独占されたたばこ販売の権能を公社による小売人指定処分によつて特定の者に付与、設定してこれを行使させることとしているのである。

そして、小売人の指定に関し、法三〇条一項は、「小売人になろうとする者は、営業所の位置を定め、公社に申請して、営業所ごとにその指定を受けなければならない。」と、同法三一条一項は、「公社は、左の各号の一に該当する場合においては、小売人の指定をしないことができる。」とそれぞれ規定し、同条三号に「営業所の位置又は設備が製造たばこの小売業を営むのに不適当と認められる場合」と定められている。

しかして、前示争いのない事実及び成立に争いのない乙第一号証の一、二、第二号証によると、規程三条に被告主張のとおり小売人の環境区分別標準距離が定められており、五条に「支部局長(注、支社及び地方局の長)は、次の各号の一に該当する場合においては、小売人の指定をしてはならない。」と規定され、その第(2)号に「予定営業所と小売人の営業所との距離が三条の標準に達しない場合」、第(3)号に「予定営業所が、製造たばこの購入に不便な横丁、路地、その他不適当と認められる場合」と定められている。

ところで、法三一条一項が「営業所の位置が製造たばこの小売業を営むのに不適当と認められる場合」には小売人の指定をしないことができると定めているのは、前記規程の内容等に照らし、国民が日常生活においてたばこを購入するのに不便な場所に営業所が設置されることを防止するほか、一定地域内のたばこに対する需要量からみて適正かつ合理的な水準を越える営業所が出現することを抑制し、もつて小売人の適正配置を図る趣旨(いいかえれば、小売人の配置を消費者の利便と公社の製品配達費用とを調和させつつ、かつたばこの売上額を最大ならしめるように適正に行う趣旨)と解される。

してみれば、法は、右適正配置規制によつて、公社の行う小売人指定という行政権の行使に一定の制約を課していることになるところ、右制約によつて既設の小売人が享受する経済的利益が専売法によつて法的に保護された利益なのか、反射的利益にすぎないのかについて、以下検討する。

国が、たばこについて専売制を採用した所以のものは、国の財政上の見地から国の重要な収入の確保を図ることを主たる目的とするものであるが、同時に、国民一般の日常生活において広く需要せられるたばこは、へき地たると都会地たるとを問わず、同一の品質のものは同一の価格により販売し、公衆のすべてに均等に利用し得る機会を与え、これを比較的簡便かつ容易に購入し得ることとし、もつて一般国民の日常生活における必要に応ずることをも目的としているものであり、法が小売人制度を設けたのは、小売人に対する指導監督を徹底的に行つて需要の円滑と市価の統制を図り、もつてたばこ専売の右目的を完全に達成しようとするにあると解される。

法三一条一項の小売人指定に関する規制も右のような専売制度の公益目的を実現するために規定されたものというべきである。これを同項三号の適正配置規制についていえば、その意図するところは、一定地域に必要以上の営業所が競合すれば、常時、需要量を超えるある程度のたばこの売れ残りが発生し、たばこの品質低下を招くおそれがあるばかりでなく、零細化した小規模営業所が濫立することにより効果的な指導監督の実施や専売事業の効率的、経済的運営が阻害され、ひいては国の財政収入に影響を及ぼしかねないところから、たばこ専売事業の効率的、経済的運営による国の財政収入の確保を図るとともに、たばこの売れ残りや小売人に対する指導監督の不徹底によるたばこの品質の低下を防止し、国民の利便に資することにあると解される。そして、小売人指定についての規制を定める法三一条一項各号には、直接既設のたばこ小売人の経済的利益を保護することを明示したものはない。

以上の検討に照らし、適正配置規制は、既設小売人の経済的利益の確保を目的としたものとは認め難く、右利益は、専売法によつて保護された法的利益ではなく、専売法が小売人指定について公益目的実現の観点から行政権の行使に制約を課した結果生ずるところの事実上の反射的利益に属するものと解すべきである。

三  なお、公衆浴場法二条二項は、公衆浴場許可を与えないことができる場合として「その設置の場所が配置の適正を欠くと認めるとき」を挙げており、専売法三一条一項三号と似た表現による規制をしている。そして、最高裁昭和三七年一月一九日第二小法廷判決(民集一六巻一号五七頁)は、公衆浴場法における適正配置規制は、主として国民保健及び環境衛生という公共目的の見地から出たものであるが、同時に右公共目的実現のためには、同業者の濫立を防止することが必要であるとの考慮から、適正な許可制度の運用によつて保障されるべき既存業者の営業上の利益は、単なる事実上の反射的利益というにとどまらず、公衆浴場法によつて保護せられる法的利益と解するを相当とする、と判示している。

公衆浴場の場合は、その事業設備に多額の資本投下を要し、しかも一たび完成した設備は、他に転用するのが困難であり、また、公衆浴場は、国民保健衛生上不可欠の役務を提供するものであつて、その設立を業者の自由に委せた場合には、浴場の濫立によりその経営を経済的に不合理ならしめ、その結果、衛生設備の低下を来たす等、国民生活に重大な影響を及ぼすおそれがあるので、右のような公衆浴場における業種の特殊性と高度の公共性から、国民保健及び環境衛生を確保すると同時に、業者の過当競争を防止して営業を安定ならしめ、既設業者の営業上の利益を法的に保護することも公共の福祉に合致するものとして是認し得られるところである。しかしながら、小売人の場合、国の財政収入の確保と国民の利便確保という前示公共目的を実現するために小売人の濫立による経営の不合理化を防止すべき必要性と合理性が強いものとは認め難いのみならず、一般に小売人の営業所の設備に多くの資本を必要としないし、その設備を他の目的に転用することもさほど困難ではなく、また小売人が濫立した結果、国民生活に重大な影響を及ぼすようなことは通常考えられないことであつて、業種の特殊性、公共性の点において公衆浴場の場合と同一に論ずることは困難であるといわざるを得ず、小売人の適正配置は、前示公益目的の実現にあり、小売人の濫立の防止は、それ自体が目的ではなく、あくまでも右公益目的実現のための手段であるにすぎないというべきである。

もつとも、専売法は三四条以下において、小売人に定価販売等の諸種の規制をしており、四三条一項五号は、一定の営業を義務付けているが、小売人の製造たばこの販売という役務の内容、それが国民生活に及ぼす影響の程度のほか、専売法には、小売人に適正な利潤を保障し、その経済的利益を保護するような規定が存しない(例えば、電気事業法一九条二項一号、ガス事業法一七条二項一号等は、料金の認可に当たり、能率的な経営の下における適正な原価を償い、かつ適正な利潤を含むものであるという認可基準を設定して適正な利潤を保護している。)ことなどからすると、原告が主張するごとく、たばこの販売が国民生活に不可欠の役務であるとして、右のような規制を加え、右規制との均衡上、専売法が小売人に一定限度の独占的地位を与え、その経営の安定を図つているものと見るのは困難である。

四  よつて、原告は、本件処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を欠き、原告適格を有しないから、本件訴えは、訴訟要件を欠く不適法なものとしてこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 高升五十雄 平弘行 重富朗)

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